19日。完封・完投ペースだった山内壮馬に代わってマウンドに上がった山井大介。
そして昨日(20日)の9回に登場した田島慎二。この2人の登板にはびっくりした。
19日、山井登板時のスコアは3-0(ドラゴンズ、リード)。
20日、田島登板時は6-2(ドラゴンズ・リード)。
両投手とも、この点差で出してくる選手ではないと思うのだ。
ベンチで“遊んでしまっている”(実際は、ブルペンで常に準備をしている)投手がいる。
久本祐一とホルヘ・ソーサである。ソーサは昨日、11日のカープ戦以来、ようやく登板機会を与えられ、2安打されたものの1回2/3を抑えた。しかし、久本にいたっては、5日のベイスターズ戦以来、昨日の試合も含めて11試合チャンスなしである。
調整のため、登録抹消された浅尾拓也、田島、岩瀬仁紀に加え、山井もドンドン投入されている。小林正人も連投傾向にある。だが、久本、ソーサ、そして復調の様相を見せていたが抹消された鈴木義広は、明らかに飢えた状態にさせられていた。
「彼らはビハインド時」という役割を与えられているのはわかる。けれども、先発投手の頑張りで、大量ビハインドはほとんどなし。僅少ビハインドでも、山井や田島が継ぎこまれてしまうのだから、起用はアンバランスと言わざるをえない。
昨年までの落合体制。落合博満監督は勇退後に「投手起用に関しては、森繁和コーチにすべてを任せていた。オレが決めたのは、2004年の開幕投手(川崎憲次郎)だけ」と語った。つまり、在任時は、すべての責任を一身に背負っていたというわけだ。
が、今シーズンの高木守道監督は、試合後の談話の際に、「投手のことは権藤(博)コーチに聞いてくれ」と、責任転嫁発言を済ませてしまっている。
というわけで、権藤コーチが、投手起用のすべてを担っているということになる。
だが、権藤さんらしからぬアンバランスな投手起用だと、常に懐疑的に思っている。
今シーズン開幕前、落合氏は、高木新監督へのコメントを求められ、「我慢が必要」とひと言語った。高木監督が恐ろしく短気な性格だということは、すでに誰もが知っており、そのことを指して発したひと言と考えるのがストレートだ。が、時が経つにつれ、落合氏のひと言は、とても意味深いということに気づかされる。
試合序盤で、タイミングの合わないスイングをした選手をさっさと代えてしまうのはしょっちゅう。トニ・ブランコと山崎武司を天秤にかけて、4番という大役を、日替わりのようにコロコロ変えてみたり(個人的にはブランコ推しだが、あんな使い方では両者のプライドはズタズタだろう)。
短気な性格も一要因。だが、ちょっと子どもじみた、“あれも欲しい、これも欲しい”的な気質をも感じるのだ。
監督という立場になった人間が陥りやすい行動・言動。それに加えて、大昔は、“中日のスター選手だった”という環境。
落合氏のコメントは、すべてを見抜いた上で、たったひと言に集約してしまった気がするのだ。
投手起用に話を戻す。表面的には権藤コーチが采配しているものの、高木監督が作り出した“雰囲気”が、権藤氏を飲み込んでしまっているのではないか。
「大量リードだろうが、僅差リードだろうが、この試合は絶対に落とせない」
「1、2点、いや、3点のビハインドぐらいだったら、ひっくり返せるかもしれない。
だから、山井、田島、浅尾を出そう」
で、結局、久本やソーサは使われない。その積み重ねの結果が現状ではないか。
挙句の果てに、「久本は登板間隔が空きすぎているから、怖くて使えない」なんて考えてたら……。
そこを調整するのが監督やコーチの役割だろう。
序盤での代打、代走起用もそう。で、終盤の“ここ”というときに選手が足りなくなったり。
たった1試合でもそうなのだから、1シーズン通しての長期的視野などあろうはずがない。